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「無欲で純真な心と引き換えに・・・」

私は、親に言わせればくじ運がいいらしい。
覚えているのは子供の頃、スーパーの“いくら買えばくじ引き一回”という商品が当たるくじ引きで親が
「あんたくじ運がいいんだからあんたが引いて」
と姉と両親がいる中で私に引かせる。
私が引くと2等だかの米(10k?)が当たった。
姉が「おまえすげーな」と驚嘆していた。
それ以前に親が家族の誰よりも、息子がくじ運が良いと思うエピソードを私は、覚えていないが親いわく、くじに何かしら当たるらしい。

現在でもスーパーで買い物した額によって券を貰う事がある。
そのくじの3等まで商品が貰え、その下に旅行が安くなる権利が当たるという物だ。
一応、貧乏くさい私は応募してみると格安旅行が当たる。
7回の応募で3回当たっていると思う。
当たったのはすべて格安旅行だけだが私は、旅行にあまり興味がない。
貧乏だからブツが欲しい。
それにこの格安旅行は詐欺に近いと思っている。
確かに旅行の値段は安いのだろうが、行く場所がお土産屋ばかり書いてある。
これは、旅行会社がその店からマージンを貰っていて、物をタダであげる金額より十分儲かっていると予想している。
“お客さんお得ですよ”と言って旅行の宣伝をしているようなものだと私は思っている。
人が書いた名前や住所を名簿にして売りさばくとか、商品を本当は誰にもあげていないという事はないだろうが私は、その運営会社が払った費用より儲かったお金が多いとすれば詐欺とは言えないにしても、”サービス”という名目を悪用しているようでしっくりとはこない。

私は、親が信じる“息子のくじ運”を信じてパチンコ(これも父親が教えてくれた)などの賭け事をする事があったが欲望むき出しに行くから悪いのか勝てる時の方が少ない。
パチンコで少し負けると“負けた分だけでいいから返してくれ”と思いさらに負ける。
パチンコは、お金も捨てるが時間も使う。
今ではお金がなくなり時間ももったいないので行かない事にしている。
今はたまに宝くじを買うぐらいだが、一回も当たったためしがない。
子供の頃の無欲な心がなくなったからくじ運も一緒になくなたのだろう。
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「人から”ボーッとしている”と言われるがそんな時こそ脳はフル回転している」


私は、夜眠れない時や車に乗っている時などボーッとしてる。
何故そうなるかの理由は、すでにブログに書いている。
そんな時に色々空想したり、昔の事を思い出している。(望んでいない時でも脳が勝手に)
それを“ブログに書こう”と思い書く内容を選んでいるのです。

私は、昔から集中力が続かないタイプで小学生の時の成績表に指摘されていた。
別に興味がない事に集中力が続かない事は普通な事だが、好きなDVDなどを見ていて、例えば食べ物が出てきたら“あそこの店はおいしかったな”とストーリーが進む中、頭の中では別の話が進んでいる。
“おっと”と正気に戻り、DVDを巻き戻して覚えている所まで戻る。
酷い時にはDVDの一話で5回以上巻き戻す事がある。
DVDなら巻き戻しが出来るがテレビ番組では何を見ていたのか良く覚えていないという事態になる。

小学生低学年の時、大好きだったテレビの戦隊物の影響でノートに敵怪獣の絵を書き、名前と攻撃技などを書いていた。
キン肉マンの超人募集の様な事を一人でしていたのだった。
それを続けていたら漫画家にでもなれたかもしれないが3日ぐらいですぐ飽きる。
同じ頃に何故か車のナンバープレートに興味を持ち、夕方家から2、30m離れた幹線道路に向かい、縁石に座り持参したノートにそこを通る車のナンバープレートの番号を控えていた。
“また同じ車が通るかな”と次の日も同じ様にノートに書き綴った。
3日目ぐらいに“これは何が楽しいのか?”と思い止めてしまった。

私は、自分の事をいつもボーッと考え事をして想像力が豊かだと思っているが、語学や絵などをがんばれば漫画家や小説家にでもなれたかもしれないが、自分は飽きやすい。
努力し続ける忍耐力が欲しい。
このブログも面白いのか、つまらないのか自分ではよくわからないが、飽きて更新しなくなる日も近づいているのかもしれない・・・

「バスの後部座席は危険だ」

私は、乗り物に酔うタイプだ。
友達に誘われてそれを断る理由の一つでもある。
車に乗ると口数が少なくなる。
それは、友達とワイワイ喋りたいと思う気持ちもあるがいつ酔うかわからない恐怖があるので外を眺めて静かにしている。
酔わない秘訣はやはり外の景色を見ている事が一番良い事だと思う。
運転している友達にしたらノリが悪い奴だと思う事だろう。
自分では、三半規管がデリケートだと自負しているがやはりイカレテイルと言う方が適切だろう。
現場作業員の時、朝礼後の体操で目を閉じて片足を上げ、上げた足を地に突かずに30秒立ち続けるという項目があったが私は、5秒で足を突いてしまう。
“難しいな”と思いこっそり目を開けて回りを見ていると誰も微動だにしていない。
ラジオ体操をダラダラやる人ばかりだから目を開けたままやってるのではと少し疑ってしまった。

日本が一番安全な国と思っているので外国旅行には興味がないが、お金と時間があれば日本の色々な場所に行ってみたい気もあるが乗り物移動が苦になる人間だから辛い。
飛行機に会社の慰安旅行で乗った事があるが出発から雨が降っていて、酔う事はなかったがエアスポットに落ち、体が浮くような感覚を味わった。
体感で3秒ぐらい飛行機が落ちた気がした。
それが2回か3回あった。
初めて乗った飛行機だったので先輩に「あれは普通のことなんですか?」と聞いてみると「スチュワーデスがビビっていた」と添乗員の前に座っていた先輩が言っていた。
それから飛行機に乗る機会はなかったが出来れば乗りたくない。

そうなると酔う確立が少ない電車と自転車が私の主な移動手段になった。
私は街中の移動は自転車で行うが出発地点から目的地まで普通、□の2つのルートで行くと思う。
四角の左下が出発地点、右上が目的地とすれば北に行って東に曲がるルートと東に行って北に曲がるルートの2つが一般的だと思う。
私は家ではダラダラしているが極端な話、外では7人の敵がいると思っているので家とは別人のようにせかせかしている。
安全な家でダラダラする為に外ではせかせかしていると言っても良い。
まっすぐ進んで信号に掛かると曲がる。
また信号に掛かると曲がるを繰り返し、線で書くと左下から右上まで階段状のルートで進む。
そうすると以前書いた、平日の昼間に住宅街で私服の男が自転車でクネクネと道を曲がっている怪しい奴がいると思われ警察官に職務質問を受けるようになる。
これが住宅街で警察官に職務質問を受けた全貌なのだ!

「敬語 VS 容姿」

私は、敬語を使わない人が嫌いだ。
それがどんなに偉い人でも、例えば日本の首相でも大学の教授でも、同じ歳の取引先のお客さんでも、老人でも、小学生ぐらいの子供(8歳未満ぐらいの小さな子供は除く)でも私に対してタメ口を聞かれるとイラッとする。
偉い人にタメ口を聞かれると“自分の肩書きで偉そうにしやがって”と思い、同じ歳のお客さんなら“自分の立場を利用して偉そうにしやがって”と思い、老人なら“その歳になるまで礼儀を習わなかったのか”と思い、子供なら“親は、子供に敬語を教えていないのか”と思う。

敬語を使わないタイプには色々なタイプの人がいると思う。
“自分はこの人より上なんだぞ”とアピールするタイプと”誰でも友達”というタイプと帰国子女などの敬語の概念がないタイプだ。
自分の方が偉いんだぞというタイプは論外だが、テレビで帰国子女が英語で敬語という物はないと開きなおった様に完全に年上の人にタメ口を聞いている所を見ていると腹が立つ。
私は、自分に話されるだけでなく目上の人に敬語を使っていない人を見ているだけで腹が立ってくるのだ。
家がお金持ちの顔がひん曲がったモデルがいるがその人に“ここは日本だから敬語を使いましょう”と言ってやりたいし“あなたの曲がった顔でモデルが出来るのはおばあちゃんがデザイナーだからですと言ってやりたい。
ここまで嫌いになったのは、年配の人に敬語を使わないからに他ならない。
一番やっかいなのは、人類皆兄弟というような人で悪気がまったくない人。
内向的な私がそんな人に
「休みは何しょうるん?」
と話掛けられれば本当は
「あなたとは顔見知りですがそんなに仲良くありません」
と言ってやりたいがその人に悪気が一切ないのでもちろん実際には言わない。
私のテリトリーに土足で踏み込むなという気持ちになってしまう。
私が友達がいないというのがよく理解できる話だと思います。

最近バラエティー番組によく出ている敬語を使わない読者モデルの子がいるが“顔ひん曲がりコネモデル”と違い、私は可愛らしいと思っている。
結局、男性は外見が好きか嫌いかで敬語問題もすっ飛ばすようだ。
それは女性が、イケメンが行うコミュニケーションがスキンシップで油ギッシュおやじが行う同じコミュニケーションがセクハラになるのと同じ考え方だろう。
また、人様に嫌われる様な事を書いてしまった・・・

「別の人とわかっているけど・・・」

私には、良くない癖がある。
人の性格を見た目で一括りに考えてしまう事だ。
昔、テレビでよく見る好きな女優さんがいた。
別にその人のドラマのDVDを買ったりとか売り上げには何の貢献もしないのだが、テレビを付けて映っているとつい見てしまうという程度の好意を持って応援していた。

ある日、その人に似た可愛らしい感じの子がアルバイト先に入って来た。
普通の人だったら一目惚れするだろうが、私の心の奥底に眠る猜疑心からか私は、一目惚れをした事はない。
話がズレるが例の飲食店での話でそこは近くに系列のお店を何店舗も持っており、仕事が出来る私はお客さんが多い所に回されていた。
前に安くて有名な居酒屋チェーンが何故そこまで安く料理を出せるのか?というテレビのニュースを見たが、その秘密として同じビルの別の名前だが同じ会社が経営する居酒屋から店員が手伝いに来たり行ったりしているとの事で、コメンテーターが「この企業努力で安価な値段が実現出来るんですね」と絶賛していたが、私は“この会社に入ったらすごくしんどいじゃん”と違和感を感じた。
後にその会社はバイトをこき使うブラック会社として叩かれる事になるのだが、私がいた店でも同じ事をバイトにさせていた。
その子は店主に媚びを売る感じで店主に気に入られていた。
しかし、店主がいない店にいると仕事をしない。
しょうがないから注意すると後に店主が「後輩にはやさしくしてあげて」と自分が狂った様に怒る事を何処かに置いて私に注意するのだった。
そして私は、前の好きな女優さんがテレビに出て来ると別人だとわかっていてもチャンネルを変えていた。
その人が嫌いになった訳ではないがその人を見ていたらバイト先の嫌な子を思い出して嫌な気分になってくるという感じだ。

建築現場の作業員をやっていた時にも建築現場にはそぐわないぽちゃりさんがいたが、がんばればダイエットも出来るだろうにと思うのだが全然働かない。
働かないわりには態度がでかい。
その他の彼の常識外れのエピソードは長くなるので割愛するが今、自分の中で男性ぽっちゃりさんを警戒している。
昔は、ぽっちゃりさんは明るく社交的なイメージだったがその人物と関わったせいでそのイメージが崩れてしまった。
別人格とは知りながら今もスーパーにいる暗い感じのぽっちゃり店員さんのレジには出来るだけ並ばないようにしている。

「漢字は手が覚えている」

私は、色々なスポーツや遊技を体験したが長く続けた物は少ない。
その中で長く続けたと言えるのはギターだ。
父が弾いていて家にフォークギターがあったので父が教えてくれた。
ちょくちょく練習していたが中学ぐらいからCDなどを聞くようになると本気で練習していた。
高校生ぐらいになるとバンドブームなる物がありフォークギターからエレキギターを買い練習し始めた。
高校生の時、自分もバンドを組みたいと思いメンバーを集め始めた。
学校で目立つ様な存在ではなかった私が集めたメンバーは、同じく大人しい人達で私も含めて積極性がなくメンバーが揃って練習する事は一回もなかった。
ギターの練習は毎日練習していたが上達する事がなく、一曲に一回は必ず間違えるというレベルにしか到達出来なかった。
普通の人ならすぐに元の楽譜の位置に戻れるのだろうが私は、すぐには戻れない。
二番の始めとかソロの初めとかキリの良い所からしか戻れない。
私が間違えて止まっても、もちろん曲は進んでいる。
極端な話、私は曲を追って全部楽譜通り弾いて曲に追いつかないと戻れない。
もしその様に曲に戻るとしたらかえるの歌の輪唱のような状態になる。
人にチヤホヤされたいという気持ちと人前に立つのが恥ずかしいという気持ちを合わせ持つ私がバンドで人前に立つと恥をかいていた可能性が高い。
バンドが成立しない方が幸せだったのだ。

私は楽譜の様に物事を順番に、一連の作業で覚えている事が多いと思う。
何となくうろ覚えの漢字を書く時に、とにかく書いた方がよい。
私の場合、書く前に“どうだったっけ“と考えると色々考えすぎて案がたくさん出てきてどれが正解かわからなくなる事が多い。
あまり考えずにペンを走らすとスラスラ書ける。
手が覚えている感じだ。
楽譜も一連の流れで覚えているだけで途中が抜けるともうわからない。

例の飲食店のアルバイトの時、新入りの私は「いらっしゃいませ」という言葉が小さい声でしか言えなかった。
店の奥側に位置する私は、他の店員が言った後に復唱する感じにどうしてもなるのだが、慣れないからか声が小さかった。
店主は“入ったばかりだからしょうがない”とは思わない。
怒涛の言葉の構成で怒った。
バイトが終わり、コンビニによって商品を物色しているとコンビニの店員さんが「いらっしゃいませ」と言ってお客さんを出迎える。
疲れていたからか私は“いっ・・”と咽の先まで挨拶が出掛った。
本当に危なかった。
理由を知らない人は“酔っ払いがふざけてやがるな”と白い目で見られるところだった。
関係ない話のように思えるが、反射で漢字が書ける事もあるが反射的に恥をかく所だったという私の中では同じ話だ。
その後、私は無意識に複式呼吸を覚え大きな声を出せるようになったが、店主は私の後から入って来た新人達に“新入りは声ぐらい大きな声を出せと”と怒り続けた。
言いたい事はわからなくもないが、大きな声を出すのも経験がいる事なのでので”普通に諭して教えてあげるという事が出来ないものかね”と思うのだった。

「凡人が色々経験しても話のタネにしかならない」

私が運動神経がない事は間違いないし、家からほとんど出ない事も以前から書いている。
だからといってスポーツ経験がないわけではない。
中学校の時は草野球、高校の時はビリヤード、専門の時はボーリングをよくやっていたし、父は、小さい頃家族サービスか自分の趣味かよくわからないがよく休日に遊びに連れて行ってくれた。
冬はスキー、夏は海でキャンプや釣りをよくしていた。
その他にも将棋、碁、麻雀、ギター色々教えてもらった。
父は、何でも経験するだけはした方が良いという人で自分が知っている事は教えてくれる。
だからと言って凡人の私は才能に目覚める事もなく本当に経験しただけという感じだ。
スキーは、本当に小さい頃から行っていて初めはソリ、次にオモチャ(プラスチック)のスキー、そして本物のスキー板と大きくなるにつれてステップアップしていった。
しかし、棒のような足の私は筋肉量の少なさからか膝を曲げて滑る事が出来ず棒立ちで滑っていた。
私には、向かないと常々思っていた。
姉はスキーを喜んで行っていたが私は、大きくなるにつれて行きたくなくなっていった。
まず寒い。
寒いのに滑っていたら熱くなる。
熱いから服を脱ぐと寒い。
こんな考えは好きな人では出て来ないだろう。
そして家から遠く、近いスキー場に車で2時間。
場所や雪の状況によっては行くまでに3時間かかる。
そして私は車に酔うタイプなのだ。
車の暖房の匂いが酔いを加速させる。
私にとって何のメリットも感じない。
大きくなると段々と行くのを嫌がり、姉や父に説得され最初は“大人の対応”で行っていたが最終的には、父と姉の2人でスキーに行っていた。
その後ウインタースポーツでは、大人なって友達にスノーボードに誘われて一回だけ経験している。

夏は、小さい頃は海でキャンプ、大きくなると釣りだけしに行っていた。
海まで行くのにスキー場以上に時間がかかるが、車に酔う事もあるが私は釣りは好きだった。
幼稚園の頃か?防波堤に座り、足を海側に出し姉と私の2人で写っている写真があるが、その写真を撮った日かわからないが、そのまま私だけ海に落ちるという事態になった。
幼い私は、泳げないがたぶん父はすぐに死ぬ事もないだろうとタモ(長い棒に網がついた釣れた魚を捕まえる道具)か何かを差し出そうとしたのだろう。
しかし、私はその間に釣りに来ていた何処かの知らないおじさんが服を着たまま海に飛び込み助けてくれた。
後で聞いた話によると名前も告げず去って行ったという。
私は、彼が”助けてよかった”と思うような立派な大人になれていないと思う。
私の人生は平凡だったといつも思っているがよく考えるとそうでもない気がしてきた。(そういえばスキー場に行く途中で父が車を駐車している時にスリップした車に軽く当てられ、警察を呼んでスキー場に着くのが遅れるという事もあったな~)

「真夜中に猫の鳴き声」

インターネットを使い始めにブログを見ていると何処かで猫の鳴き声がした気がした。
小さい声だが何か近くから聞こえる気がする。
ちょっと奇妙な気がしたが3回目ぐらいにブログのBGMだと気付いた。
大半はBGMなしのブログが多いようだが、たまにBGM付きのブログに出くわす場合がある。
ボリューム設定をそぐわない大きさにしているとビビる。
別にBGMを批判しているのではない。
”こんな事も出来るんだ”と勉強をさせてもらった気持ちなのだ。

私は、潜在的に臆病な部分があると思う。
以前、私が前の日に自分が楽しみにしている事や嫌な行事があると眠れない事があると書いたが、私はうつ伏せじゃないと眠れないというのがある。
私なりに考えると無意識の中で自分の表側をオープンにしている事が怖いのだと思う。
その理由は幼少の時に何かトラウマのような物があったのか、精神的な理由が何かあったのかもしれない。
しかし、昼寝のような明るい時には普通に寝られるので暗闇が関係しているようだ。
外的要因として感じるのは、自分は胃が悪いのかヨダレがたくさん出る時がある。
昼に仰向けで寝ていると口に一杯溜まるので一々飲み込む作業をして、気になって眠れない。
短時間で眠れた時でも頬をつたってヨダレが流れ気持ち悪さで途中で起きてしまう。結局うつ伏せで寝た方がヨダレの被害が少ない。
仰向けで昼寝は、出来るがヨダレが出ない日じゃないとあまり熟睡出来ないという感じだ。
ここで一つ不安がある。
将来寝たきりになって介護などをされるようになるとうつ伏せにはさせてもらえないだろうという事。
自分で寝返りが出来ないようになると息が出来なくなる恐れがあるのでずっと仰向けだろう。
そうなったら真っ暗な中で眠れず、昼に昼寝をするという生活になるのだろうか?
私は、ボーッとしてよく考え事をしているタイプだがその生活に憧れを持つ事は出来ない。

ついでの話で、私の母は体内時計を持っているようで明日何時に起きると考えて寝るとその時間の5分前後に起きられるという人だ。
私は、そうであったとしても寝過ごす事を心配して目覚ましを掛けるだろうが母は、保険を掛けない兵だ。
私も母ほどでもないが多少その能力があり、いつも起きる時間に目覚ましが鳴る時間の5分前に目が覚める事が良くある。
会社員の頃には“寝過ごした”と思い、急いで起き出して時計を見るとその時間をとうに過ぎている。
そして良く考える。
“今日は、日曜日で目覚まし時計を掛けていなかった”と、また2度寝する事が良くあった。
時間の把握は大体の感覚でわかっているが曜日をわかっていないのはおかしな話だ。

「日本語と英語、どちらも話せない人が勉強するとどちらが難しいのだろうか?」

東京オリンピックが近づく中で日本人は、英語が通じないと外国の方が言うが私は“そっちが日本語を勉強してくるのが普通ではないのか”と私は思ってしまう。
勝手に英語が世界の標準語になっているが、それも自慢出来る事でもなくイギリスの侵略が酷かっただけだろうと私は思ってしまう。
私は、中学で英語を習い始めて、新たに学習し始めた科目なのでまじめに授業を聞いていたが風邪で2、3日休むとすでに授業がわからなくなっていた。
もうそこから抜出す事が出来ず、高校生になっても赤点を取ったりしていた。

日本語を勉強して来ない外国人も問題だが、英語がわかる日本人も問題だ。
ある知事が記者会見をしてカタカナ英語を連発し特に英語が苦手な私は、話が入ってこない。
テレビの字幕でその意味を説明する始末。
“政治家は、市民に分かりやすいように説明するべきじゃないのか?”と思うのだが、その知事は次の選挙に向けて自分が頭が良いのをアピールしているのだろうか?
もしくは、オリンピックに向けて“おまえら愚民は英語レベルが低いんだ!”と知らしめているのか?

私は、文書をパソコンを打つ中で“こみにけーしょん”と変換してもカタカナに変換しない。
正解は“こみゅにけーしょん”なのだが私は、英語もカタカナ英語が良くわかっていない。
しかし、日本語も体育を打とうとして体躯しか漢字が出ないという事がよくある。
まだまだそう言う現象は、沢山あったが馬鹿なので今は思い出せない。
以前の会社の中間管理職研修で部下に仕事の指示を出して間違った様に部下が捉え、間違った仕事が出来てくるのは、部下のせいではなく”上司の指示の言い方が悪い”と思えと習った。
上司と部下の”コミュニケーション”の取り方を間違えば部下が一方的に悪いと、パワハラの様になりますよという様な話だった。
実際には物分かりが悪い部下もいるだろうが、政治家は私の様な日本語もろくに出来ない人に分かる様に、自分を偉そうに見せずに、人に物を伝えるという事が何なのかという事を考えてもらいたい所だ。

「私の経験上、オープンカーに乗っている男性の7割は髪が薄い」

車の運転免許は、それが当たり前の様に高校の卒業まじかに取りに行った。
姉も同じくその頃取りに行っていた。
どうやら父の愛か?運転免許は取っていた方が良いし、取るならその時期にしか時間がないという教育の一環みたいな物でお金も出してもらえる。
世間では、アルバイトをして自分のお金で運転免許を取りに行く人もいるだろうがその点では甘やかされていると言ってもいいだろう。
学科は何の問題もなかったが、私の担当になった教官は陰気な初老の男性だった。
その先生は仮免や最終試験で一発合格させたいのか知らないが私は、見極めでしこたま落とされた。
落とされると余計に授業料を受けなければならない。
その授業料は追加で払わなければならない。
母に落ちた事を伝え、お金を新たに出して貰い授業を受けた。
しかし、4回ぐらい落とされたので私は、親に申し訳ないと思い1コマ意外は自分の貯金から授業料を払った。
人より多く授業を受けたからか仮免も本試験も落ちる事はなかった。

一般的にカーレースはスポーツと分類されている。
私は“車が走ってるんだからスポーツじゃないでしょ”と常々思っていたがカーレースが何故スポーツに分類されるか免許を取りに行ってわかった。
私は、運動神経が悪いから教官に見極めで落とされたのだ。
会社に就職して数年すると工事する場所を実際に見に行く現場調査に行く事が増えてきた。
ペーパードライバーなので先輩に運転してもらっていた。
これでは申し訳ないと自分の車を買って練習しようと思い中古だが車を買った。
25歳ぐらいだっただろうか?
この頃にしか似合わないスポーツカーを買うことにした。
以前から”かっこいいオープンカーにはおっさんばっかり乗っている、不釣合いだ”と思っていた。
しかし良く考えると若い時には時間もお金もなく、余裕が出来る頃に若い時憧れたオープンカーを買うのだろうから髪が薄いおじさんが乗っているのは不思議な事ではないが、性格が悪い私は”風を受けると余計に抜けるぞ”と思っていた。
子供を育て上げ自分の趣味を楽しんでいるのだから私の様な怠惰な人間が言う事ではなかった。

車を買ったはいいが仕事が忙しい事もあり実家に帰る時意外使い道はなかった。
気にしてはいたがやはりバッテリーが上がってしまった。
バッテリーを変えてからは、週に一回は絶対に乗る様にした。
その時は車に無理に乗らされているという感じだった。
あまり買った意味はなかったが“若い頃はかっこいい車に乗っていたんだぞ”という思い出のような物が出来たのでそれはそれで良かったのかなと思っている。

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