「嘘の様な本当の話」

本当なら母は既に退院している。
何があったかと言いますと退院の日が決まり、実家から姉が車で迎えに来る事も決まっていた。
病院に行った時その話を母から聞きもう見舞いに行かなくても良いだろうと思っていた。

次の日の夕方、父から電話があり母が骨を折ったと聞いた。
その日の朝、母が病院の廊下を歩いていると目眩か貧血か原因は良く分からないが急に朦朧としてその場で倒れたらしい。
それで老人がコケた時に折れる事が多いという大腿骨を折ったという。
父は実家から電車で都市部の病院に行き、検査やら何やらを付き添った後、実家に帰る前に私に電話をしてきたのだった。
明日、その手術をするという事も既に決まっていた。
要は、退院一日前に骨折をして退院の予定の日だった日に手術をする事になった。

電話を貰ってからそれから私も自転車で病院に行ったのだが、すごく腹立たしい。
母が用心もせずコケて怪我したとか、看護師が付き添っていなかったのかとか、病院の床にワックスを掛け過ぎだとかそういう事は全く思っておらず、誰に対してでもない腹立たしさがあった。
元々母が悪い訳けもなく、看護師さんも一人の患者にずっと付いているという事もないのは当たり前で、しいて言うならば
”神様は何をしてるんだ”という感じだろうか。
運が悪いというより呪われているとしか思えない。
少し前の記事を読んで頂くと書いてあるが元々、二ヶ月近く入院して一度退院して一ヶ月も経たず再発と体の中に菌が入るとうオマケ付き。
そして約1ヶ月半の入院をして退院の一日前の骨折なのである。

母の年齢は書かないが私が40半ばのおじさんだと公言しているので母の年齢も推測出来るだろうが、下手をすれば寝たきりの可能性もある。
と、言っても手術は終わりすでにリハビリを開始し、自力でベットから車椅子に座る事が出来る様になっている。
神がどうのと言うと信心が足りないと宗教の勧誘が来そうだが、神様がいれば戦争も痛みもない世界になっているだろうし、母が痛がる事もないし私の腹立たしいと思う怒りの感情さえない世界の筈なのだ。
信じる者しか救わない神様など私には必要ない。
暗い話になってしまったが、また更新しない日々が続くのはこういう状況だからという事です。
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「母性本能」

母は順調に回復に向かっています。
近いうちに退院するでしょう。

母は、家でテレビを見ながらトラやライオンに襲われそうになるシマウマの子供を
「イヤーー」
と子供の方を応援している。
若鳥の唐揚げを食いながら。
私も子供の方を応援する気持ちもありますが、狩りが成功しなければライオンは餓死するという事になるのでライオンを応援する人がいてもいいと思っています。
この様な子供を応援するという人は女性に多い気がします。
これが母性本能なのか?

「夢を追う人は素敵な人に見えるのか?」

ボーーッとしながらパソコンを弄っていて、ふと
「夢を追うって素敵やん!」
という言葉が頭の中に沸いてきた。
はたして本当にそうだろうかと考えてみる。
分かり易い例でいうと自分の作った歌を誰が聞いても音痴なのにギターを抱えて熱唱している人をテレビなどで見る事がある。
当人はミュージシャンを目指していると言っている。
音痴でも作詞、作曲をして詩や曲に良いところがあれば別の人に歌ってもらえば売れるかもしれないという事もあるだろうが、当たり前の事を何の工夫もなく表現している。
何故それをテレビが放送するのかというとただ単に変わり者がいると面白がっているだけで視聴者は
「自分に才能がないと何故気づかないのか?」
とその人を見て笑い
「下手でも夢を追って素敵やん!」
とは誰も思わない。
「もっと違う事に時間を割けよ」
と大半の人が思っている。

しかし、人はある程度人に認められたいと思うのも当たり前で自分の事で考えると、私が書いているブログも
「あれ?閲覧してくれる人はこんなもんか?」
と思う時がある。
洒落た文章を書いたつもりでも毎日何千人と見てくれるブログにはならない。
放っておけば誰にも見られないネットの地の底に沈んだ無意味な言葉の羅列になるだろう。
自分が好きな事=自分が得意な事という仕組みには世の中なっていない。
”人生なんてこんなもの”なのである。
自分の力量を見誤って度を越して夢を追い求めると世間では変わり者と認定される。
それは、私が冷めた人間だからそう思うだけだろうか?

何か暗い記事になってしまったが自分が深い悩みを持って書いた訳ではないので、別に
「そんな事ないですよ」
「いつも記事をアップされるのを楽しみに待っています」
などの慰めの言葉が欲しい訳ではありませんのでコメントなどはなさらないでくださいねW

「空腹より、無理やり食べる方が辛い」

今日ニュースで学校の先生が生徒に吐くまで給食を食べさせたというニュースを見た。
私も食べさせられた派で、食が細く嫌いな物も多かった。
食パンが2枚ほど出たが私は、一枚しか食べれられなかった。
食べ物というのは、考え方によっては拷問にもなる。
テレビの大食い選手権で苦しそうに食べる選手や、外国で昆虫などの普段日本人が食べない食材を食べるリポーターなどを見るとそれが良く分かる。

先生も絶対食べれない食材が一つはあるはずで
「昆虫を食え」
と言われても食べられない筈だ。
大人は何でも食べられる様になったと勘違いしているが、自分が作る立場や買う立場になると
「おいしそう!」
と好きな料理ばかり選ぶようになりいつの間にか嫌いな物がなくなったと勘違いをしている。
そういう想像力が欠如しているから吐くまで食べさせるとうい所まで進んでしまう。

かと言って先生が絶対悪だとも思わない。
最近、私が甥達と一緒に食事を食べると書いた気がするが、小さい頃の甥達はびっくりする程食べる量が少なく
「大丈夫か?」
と思った事もある。
嫌いな物を無理やり食べさせようとは思わないが
「もう、食べんのん?」
と気になりはした。

私もガリガリに痩せていて先生にも食べさせられたが、私は省エネタイプの細胞を持っているので食べなくても平気で逆においしいからと食べ過ぎると簡単にお腹を壊す。
先生もスポーツ大好きわんぱく小僧と図書館大好き読書少女の様な子供それぞれの特徴を考えた対応があるのではなかろうか?
ニュースでは合計3回吐いた子がいるという。
1回で無理やり食べさせる事を止めさせていればこんな大問題になる事もなかったのでは?

「看護師さんの素敵な笑顔」

今日も病院に行った。
看護師さんとすれ違うと皆、笑顔で挨拶をしてくれる。
大変な仕事だと思うがしんどそうな顔をせずに来客にも明るく接している。
と、思っていた。

ある日、エレベーターが来る間に横に貼ってある張り紙を読んでみた。
大きく分けて入院患者に向けてと働く職員に対しての注意が書かれていた。
病院内で盗難が頻発しているという事で、入院患者は貴重品を備え付けの金庫に入れるようにという事と、職員は不審者には積極的に声を掛けようという事が書かれていた。
よくブログをよく読んで頂いている方は、お分かりだと思うが私は働いてお金を貯めて、お金が貯まると長期に休むという事を繰り替えしている。

現在は無職で、今日は休日だが病院に通うのも平日の昼間にも行ける。
その時間の見舞い客は、主婦や仕事を引退したであろうお年寄りばかりで若い男性の姿を見る事は出来ない。(私は、実際には若くないが人によっては、30歳ぐらいに見えるらしい)
”まさか、私が不審者と思われているのでは?”
と思うとあの素敵な看護師さんの笑顔が恐ろしく思えてくる。
私の考え過ぎなのだろうか?

「病院に行く途中」

今日も病院に自転車で通う。

横断歩道でどっしりとしたフレンチブルドッグ?が飼い主にリードを引かれて、信号が青になるのを待っている。
私は、隣に止まるとブルドッグが階段を駆け上がった肥満気味のおっさんの様な息遣いで、早く渡りたいとリードをピンと引っ張る。
横断歩道が青になって待っていた人達が進みだすとブルドッグも飼い主の合図も無しに前に歩き始めた。
前から小学校低学年ぐらいの女の子が急いでいる様で走って横断歩道を渡って来た。
女の子は、犬に気付き必死の形相で止まったのを見た。
ブルドッグがたぶん女の子の方に徐々に寄って行ったのだと思う。
大人しいブルドックと大人しいブルドックにビビる女の子。

女の子は大きく迂回してまた走って行った。
どちらを見ても癒される。

「ネタ切れ+諸事情により更新出来ず」

夏休みは、いつも実家に帰るが今回は8月末に帰る事にした。
それは、母が病院から退院したのが8月初旬だったからだ。
母はどちらかと言えば太っているは、言いすぎだがぽっちゃりとした体系だが2ヶ月近い入院で痩せてしまった。
休みを遅らせたのは熱い中、母の体力が戻らないだろうと思ったからだった。
私が自分で好きな物を作って食べると言っても自分が料理を作りたがり無理をするのは目に見えていた。
電話でもう買い物に行ったり前の生活と変わらない生活をしているというので甥が夏休みのうちにと予定通り実家に帰る事にした。
母は、まだ痩せていたが元気そうだった。
私が帰れば実家の近くに住む姉の家族が来て夕食を食べるというのが恒例だった。
今回も姉の家族を呼んでちょっとした食事会をするという。
私は「しんどかろう。今回は止めたら?」と言ったが母は、やるという。
その日は母が料理をいつもより多く作り、私は久しぶりに甥達と会って遊んだ。

次の日、私が起きると母が昼ごはん(だいたい私が昼まで寝ているので)を作っていた。
近くに住む甥は両親が共働きなので昼ごはんを食べに母の所に来ていた。
母は「体調が悪い」と言っていたが甥と私の昼ごはんを作っていた。
私は、やはり昨日無理をして体調を崩してしまったと思った。
母は体調が悪いのに甥と私の料理を別の物を作っていた。
子供が食べる物と大人が食べる物を別々に作ったという感じだ。
私用のラーメンを食べると変な味がした。
ラーメンにシナモンがどっさり入っている。
これはラーメンではなく何か新しいレシピに挑戦したのだと思った。
私は、シナモンが苦手で隠し味に少量入っている物は食べられるが味が前面に来ている物は嫌いだ。
母が体調が悪くても作ってくれた物だから全部食べたが、食べ終わった後母がこう言った。
「おいしかった?○○(甥)のご飯までは、なんとか作ったけど○○(私)のはもう、頭がボーッとして何をしてたんかよくわからん。どうだった?」
私は何かの新しい洋風レシピでも見て作ったのかと思っていたが、ただ普通のラーメンに訳が分からなくなってシナモンを入れたみたいだった。
早く言って欲しかったが全部我慢して食べた後だった。
ふと気付くと鶏ガラスープの粉の容器が出ていた。
鶏ガラスープを入れる代わり、もしくはシナモンと両方入れた様だ。
その後、母はずっと寝ていて夜になっても良くならなかったので晩御飯は自分で作って食べた。

一晩眠れば良くなると思っていたが回復せず、朝方に父に連れられ病院に行った。
そして、夕方近くに帰って来たのは父だけだった。
母は緊急入院し、明日また都市部の1ヶ月前に入院していた病院に入院する事が決まっていた。
どうやら手術した所から菌が入ったのと、詳しく書かないが前と同じ症状が再発しているという事らしく、ただ無理をして疲労したという事ではなかった。
以前は悪いと言っても血液の数値が悪いだけで体調が異常に悪いという事はなかったが菌が入った分、体調がものすごく悪い。
次の日どうやって病院に行くかが問題になり、家には車がないので姉夫婦の車を借りて病院に連れて行く事に決まった。
父は免許を返上しており、姉は免許を持っているが急には休めないらしく私が運転して病院に行った。
同じ場所の入院なので慣れた物でスムーズに手続きを済ませた。
私は、そのまま自分の家(病院と同じ都市)に帰れば都合が良いのだが車と父を帰さないといけない。
その日は実家に帰り、そして次の日、自分の家に電車で帰った。
これが8月末の話だが現在は、少し前に書いた様な病院に自転車で30分掛けて通う生活をしております。
大変そうに思えますが以前より全然熱くないので楽です。
という事でブログの更新は滞りますが、既にネタ切れの感があったのでネタを溜めておきます。

「ハエ釣ってます?」

家の休みのレジャーと言えば“魚を捕る”事である。川では鮎も取るがハエという魚も取る。
鮎を取っている時にも網に入るが夏の時期には美味しくなく、取れても逃がしてしまう。
そのハエが冬になると美味しくなるのでそれを今度は、竿で釣る。
冬のハエを寒バエと言い、その釣り方は2種類あって一つは毛鉤を川に流してハエを釣る方法で、膝下まだ川に入って上流から毛鉤を投入して下流まで流す。
何故か殆どの場合下流でハエが掛かる。
毛鉤には返しが付いておらず、竿を上げてハエが振り子のように近づいた時、腰に付けた大きな竹かごに一発で入れないと針が外れてハエが逃げてしまう。
私は、それが下手で釣れてもよく逃がした。
釣り自体は面白いが秋の深まった時期から釣りをするので寒くて寒くてつらい。
寒い思いをしてもハエは、鮎ほど美味しくないので私はハエ釣りはそれほど好きではない。

もう一つの釣り方は、ウジを餌にちょっと深めの川で浮き釣りをする。
これはひたすら待つだけで浮きを見つめ沈むのを待つだけ。
これも結局寒い。
釣れたハエは大体焼いて食べていたが家では、醤油にごま油を垂らし、ねぎを入れたタレで食べる。
寒バエはその頃は小さく7~8cmぐらいで身だけ食べるだけならほとんど食べる所がない。
なので骨ごと食べるがその骨も硬く、味も少し臭みがある。
ごま油やねぎを薬味に入れて食べるのはその臭みを消す為だ。
今思うと友達から
「ハエ釣りに行った」
と聞いたりテレビでハエ釣り番組など見た事がない。
夏の時期になると鮎の友釣りのニュースや鮎料理などもよく見るが、ハエ料理など一回も見た事がない。
もしかして貧乏臭い父が一般的には食べないハエを無理やり食べていたという事も考えられるが、冬の時期に川原で同じように竿で釣りをしている人を見掛けたのでまったくのマイナーな釣りでもないと思うのだが・・・

「思えば家族のレジャーは、魚関係」

家の休みのレジャーと言えば“魚を捕る”事だった。
川では鮎を捕る。
父が投網を投げて姉と私が鮎を捕まえるのだ。
知らない人もいるだろうが、網を投げて網を引いて鮎が網に絡み付いて捕まえると思っている方がいらっしゃると思うが殆どの鮎は、石の隙間に隠れて危機が去るまで待っている。
それを私達が水中眼鏡で隠れている鮎を探し、サタンが持っていそうな三叉になった槍の先の様な道具で刺して捕まえる。
鮎が逃げようと網に絡まった鮎は、父が網から外して捕まえるのだが少なくとも3割はツルンと手が滑り逃げられる。

鮎を取るのも漁業権?が必要で許可証を買わなければならない。
買えばそのシーズン?は鮎を取って良いという事になる。
幼い時は許可証がいるという事は知らなかったが父は、お金が勿体無いとその許可証を取らなくなった。
最上級な言い方をすれば密猟だ。
2つ前に書いたサザエをくれた人も厳密には密猟になると思うが、昔は結構自由で段々と何処の海岸でも“○○を許可なく取ってはいけません!”と立て看板を立てて厳しくなっていった。
時期としては同じ頃だが鮎は既にそういう許可制だった。
それは、鮎の稚魚をお金を掛けて放流しているのでそういう仕組みなのだろうが、父は親戚に許可証を貸してもらい投網を打ちに行く様になった。
もちろん車の運転免許を
「車乗るから貸して」
と言って借りるのと同じ様にそんな手段は通らないが河川の管理者を納得させる効果はあるだろう。

鮎を取るのは許可証が必要と知ってから父が鮎を取りに行こうと言い出したら
「許可証は?」
と私は気にするようになったが父は、段々と親戚に借りに行くのも面倒になりまったくのノーガードで鮎を取りに行く事が多くなった。
真面目な私は川の土手に車が止まると監視員が来たのかとビクビクしながら鮎を取っていた。
本当に監視員と言う人が実際に回っているのかどうかも知らないが、私が捕まるというより父が捕まるんじゃないかと心配していた。
もう30年以上前の話で時効なので何の非難も受け付けないが父は、魚が取るのが好きというより魚を食べる事が好きな様で私は、魚を食べるより取る事が楽しくてそれをレジャーと思っていた。

「悪と思うと正当化される」

度々書いたが家の休みのレジャーと言えば大体“魚を捕る”事。
海で言えば大きく分けて堤防で浮き釣りか浜辺で投げ釣り。
堤防の浮き釣りは、撒き餌を撒いて浅い場所で泳いでいる一般的には誰も狙わない様な小さい魚を釣る。
普通ならリリースする魚を釣り、それをから揚げで丸ごと揚げて食べる。
父は、変わり者なので他の釣り客に見られると怒られる様な小さい魚でも持って帰る。
貧乏臭い釣りなのだが子供にとっては非常に楽しい。
通常、底の方の大きい魚を狙うのが普通だが、その場合浮きが沈むのをずっと待つだけ。
浅い場所では魚が餌をつつく所が良く見えて釣り堀以上に楽しい。

浜辺での投げ釣りは、魚が釣れるより投げる方が楽しい。
浮き釣りと違い重いオモリを付けて海底に居るキスを中心に狙うのだ。
私は、ドンクサイので指を離すタイミングが悪く度々オモリだけが切れて飛んでいくので余り投げさせて貰えなかった。
父は、フグが釣れると浜辺に捨てていた。
外道中の外道で毒がある小さいフグをケチな父も流石に調理して食べようとは言わなかった。
図らずも釣れると海に返す事なく浜辺に投げて捨てるのだ。
子供ながらに
“これは良いのか?”
と命の事を思うのと同時に
“テレビで高値で初せりをしているふぐでは?リリースして大きくなるのを待った方がいいのでは?”
と資源の事を考えていた(トラフグとは別の種類のフグかもしれないが)
ふぐは確かに厄介で、魚が掛かったと上げてみて針がへし折れているのは主にフグが針ごと噛み切って逃げているという事で父は、そのリスクを減らす為に殺生をしているのだった。
私も心にモヤモヤした物を感じながら砂浜に投げたり、波打ち際ギリギリに投げて彼に少しのチャンスを上げたりしていた。

ある時、リールを巻き上げるとキスではなくフグが上がった。
フグは、針を奥の方まで飲み込む事が多く針を外すのもしんどい。
やっとの事で針を外すとどうなったか良く分らないが私の指先に噛み付いた。
そんなに大きいサイズではないが第一関節までズッポリと咥えている。
あの針をへし折るフグがだ。
その時、周りに私しかいなかったと思うが
「いたたたたた!!」
とその場で足踏みをしていた。
ふと“海に浸すと放すのでは?”
と思い手を浸すと彼は噛むのを止め、海に帰って行った。
まんまと彼は命拾いしたのだった。
それからである。
私は、フグが釣れると何の躊躇もなくフグを浜辺に捨てる様になったのは。
原爆を落として正しいんだと思う気持ちと少し似ている。

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